宇多丸さん、高橋芳朗さん、DJ YANATAKEさん、渡辺志保さんがNHK FM『今日は一日”RAP”三昧』の中でラップ・ヒップホップの歴史を振り返り。2010年代のラップ・ヒップホップのさらなる進化について話していました。
(宇多丸)さあ、現在に至るまでの現在進行系のヒップホップの話を聞きましょう。
(高橋芳朗)2008年から行きます。2008年というと、オバマ大統領が誕生したタイミングですね。あと、インターネットで音楽を聞く環境がもうばっちり整備されてきて。たとえばSoundCloudとかBandcampとか。あとSpotifyがヨーロッパで立ち上がったのが2008年です。
(宇多丸)ああ、そうなんだ!
(高橋芳朗)アメリカでサービスを開始したのは2011年ですけど、ヨーロッパではもう2008年から始まっていたという。
(宇多丸)なかなかね、インターネットでどうやって音楽を流通させるかとかね、そのあたりはちょっと揺れ動いた時期もあったけど、だいぶそのへんで固まってきたと。
(高橋芳朗)で、ここのセクションの頭、一発目でかけたいのは、カニエ・ウェスト。さっきも『Gold Digger』をかけましたけども。彼はね、どのアルバムでもひとつ山を作っているので。
(宇多丸)常にトレンドセッターですね。
(高橋芳朗)どのタイミングで紹介をしてもいいぐらいなんですけど、あえてここでカニエ・ウェストの『808s & Heartbreak』を。まあ、出た時はちょっとかなり問題作と……。
(渡辺志保)私は結構、「えっ? どこがいいのかちょっとわからない!」みたいな反応だったのを覚えています。
(高橋芳朗)全編、さっきも話しましたオートチューンがかかった声で、しかもほぼ歌ってるような。いま、後ろでね、『Love Lockdown』という曲がかかっていますけども。
(渡辺志保)ラップをしていないっていう。
(高橋芳朗)ただ、たしかにこのアルバムのどこに良さがあるのか? みたいにちょっと戸惑いもあったんですけど……いまから振り返ってみれば、間違いなくここ10年でいちばん影響力のあるアルバムだったと。
(宇多丸)たとえばオートチューンでラップと歌の境界線を行き交うようなボーカルスタイル。
(高橋芳朗)エモーショナルな。あと、内省的な歌詞世界。
(渡辺志保)これ、アルバムを作った動機が自分のお母さんの死。あと、自分がその時に付き合っていたフィアンセとの別れっていうのがきっかけになっているんですよ。なのでとにかく暗い。
(高橋芳朗)しみったれた感じね(笑)。
(渡辺志保)そう! しみったれた感じなんですけど、でもそれに影響されて、後々にキッド・カディとかね、出てきたりするわけなんで。ちょっとそういうエモっぽいラップの原型かもしれないですね。
(高橋芳朗)あと、酩酊感のあるトラック。ちょっとアンビエントっぽい感じとか。
(宇多丸)はいはい。アンビエントっぽい感じはもういまのね、まさにあれですしね。
(高橋芳朗)で、もうヒップホップに留まらず、以降のR&B。たとえばザ・ウィーケンドとかフランク・オーシャン、あとインディー・ロック。ボン・イヴェールとかジェイムス・ブレイクとか。
(渡辺志保)たしかにね、ボン・イヴェールもいち早くカニエが使っていましたからね。
(高橋芳朗)もうそのへんに強力な影響を与えた超問題作ですね。
(宇多丸)それでは、カニエ・ウェスト『808s & Heartbreak』から何を?
(高橋芳朗)アルバムのオープニング曲ですね。このビートの感じだと思います。カニエ・ウェスト『Say You Will』です。
Kanye West『Say You Will』
(宇多丸)はい。カニエ・ウェストの……。
(高橋芳朗)『Say You Will』。2008年。
(渡辺志保)暗い!っていう感じがしますね。
(宇多丸)暗いし、今日は一応『”RAP”三昧』なんだけど、もはやラップではないという。
(高橋芳朗)フハハハハッ! たしかに。
(渡辺志保)メロディーが全編についているという。
(宇多丸)ということなんですよね。でもやっぱり、いま聞くと、以降の音楽像のね。
(高橋芳朗)決定づけた感じがありますよね。
(宇多丸)「っぽい」。いろんなところが、「っぽい」。
(渡辺志保)2018年に聞いても「っぽい」っていうね。
(宇多丸)そういう感じがありますよね。さすがカニエというかね。
(高橋芳朗)で、この流れを組んで出てきた人がカナダ・トロントから来たドレイク。
(宇多丸)来ました! ドレイクは「ドレイク以降」っていうのがまた、ねえ。大きいですよね。ドレイクってどういう人ですか? もう1回、わかりやすく。
(高橋芳朗)カナダ・トロント出身なんですけども。もともと、子役かなんかで?
(渡辺志保)そうなんですよ。もともとは『Degrassi』っていう学園ドラマで、車椅子に乗っている男の子の役だったんですけど。もともと、なんでエンタメ業界にはいた人なんですよね。
(高橋芳朗)で、2009年に『So Far Gone』というミックステープ、ストリートアルバムで出てきたわけです。これが、いままでのミックステープっていうのは割とコンピレーションっぽいというか。新曲がバラバラと入っていたんだけど、この『So Far Gone』は非常にコンセプチュアルなミックステープで。
(宇多丸)もう作品として完成されていた。
(高橋芳朗)そう。トータル性がすごいあったんですね。ここから、『Best I Ever Had』という曲が大ヒットするんですけど。なにが衝撃だったかって、この『So Far Gone』というミックステープは当然、インターネットで無料で入手できるんですよ。で、『Best I Ever Had』という曲が全米チャートで2位まで上がるような大ヒットになった。
(宇多丸)無料で手に入れられる曲が!
(高橋芳朗)そう!
(渡辺志保)売ってないのに。
(宇多丸)要するに、配信のみですよね。
(渡辺志保)配信もタダで聞けるという。
(高橋芳朗)だからCD屋さん、タワーレコードとかに行って「すいません。ドレイクの『Best I Ever Had』ください」って言ったら、ないんですよ!
(宇多丸)だから、なんていうの? 「チャートってなんだ?」っていうか。
(高橋芳朗)そうそう。
(渡辺志保)だからラジオのエアプレイとかで数を稼いで。アメリカのチャートはすごい複合的ですから、そういったところでポイントを稼いでチャート上位に上がったという。
(宇多丸)だから売上チャートだったら全く……。
(渡辺志保)ゼロです。はい。
(宇多丸)恐ろしいキャリアの。
(高橋芳朗)衝撃です(笑)。
(渡辺志保)本当に衝撃的でした。
(宇多丸)でもそんぐらい……でも、タダで音楽をやっている人なんかいくらでもいるのに、そんぐらいのものだったっていうことですよね?
(高橋芳朗)そうですね。
(DJ YANATAKE)アメリカのニュースサイトみたいなのを見ていたら、出た瞬間にすごいバーッて話題になったんだけど。まだ、日本ではそういうミックステープみたいなのの盛り上がり方がいまいちわからないぐらいの時だったと思うんだけど……KREVAがね、すっごい出た瞬間に激押ししていたんですよ。
(高橋芳朗)ブログでね、上げていた。
(宇多丸)実はね、KREVAっていう男は本当にすごい男で。まあ、バトルをやらせれば(『B BOY PARK』で)三連覇。普通にポップグループとして売れてしまう。そして、オートチューン混じりのほぼほぼ歌のヒップホップチューン、内省的な……彼ははっきり言ってカニエよりも早くやってますけど?っていうことでもあったりして。まあ、恐ろしい男KREVA。『KREVA三昧』も楽しみにしていただきたい。あと、1人武道館とか完全にどうかしているとしか思えないことをやるなど、大変な男です。1000円くれないかといまだに思っていますけどもね。
(DJ YANATAKE)フフフ(笑)。
(高橋芳朗)で、まさにドレイクは歌とラップの両刀遣いというか、境界線を行き交うようなスタイルで。
(DJ YANATAKE)ひょっとしたら今日、日本語ラップしか聞いてないとかいう人はすごい洋楽の聞きやすい入り口になるかもしれないですね。
(渡辺志保)これ以前は、先ほども言っていたような50セントだったりリック・ロスだったり、結構マッチョで悪そうなラッパーというのが第一線だったんですけど。
(宇多丸)結局ね、それが主流だったんだよね。
(渡辺志保)でも彼の登場とか、カニエ・ウェストのブレイクによって、そういう悪そうなやつでなくてもいいんだ、みたいな。それこそPSG、PUNPEEくんとかが出てきたような感じで、アメリカも同じような転換期にあったんじゃないかと。
(宇多丸)デ・ラ・ソウルの時の開放感みたいなのがまた再び、そういうことがあるということですかね。
(高橋芳朗)しかも、この曲は女の子に優しいんだよね。
(宇多丸)『Best I Ever Had』。
(渡辺志保)そうなんですよ。めっちゃ優しいんですよ。これも本当にア↑コガレの世界ですよ。本当に。
(高橋芳朗)フハハハハッ!
(宇多丸)あ、女性としては?
(渡辺志保)はい。ア↑コガレの世界。
(高橋芳朗)だって「髪を結んですっぴんにスウェットパンツでリラックスしている普段の君こそがいちばんかわいい(weatpants, hair tied, chillin’ with no make-up on
That’s when you’re the prettiest)」とか。
(渡辺志保)そうなんですよ。あと、「君の家に行くから、もし家を空けていたら鍵はドアマットの下に入れておいてくれ(Put the key under the mat and you know I be over there)」みたいな。
(高橋芳朗)甘酸っぺー!
(渡辺志保)甘酸っぺー! 鍵、入れたい! みたいな(笑)。
(宇多丸・高橋)フハハハハッ!
(高橋芳朗)だからやっぱり、ヒップホップって女性蔑視みたいなそういうのもあったじゃないですか。
(渡辺志保)そうそう。やっぱりハードコアでナンボ、みたいなのがあったんですけど。
(宇多丸)すいません。時刻はもう午後8時44分なんで。これまでのヒップホップの女性のノリを8時44分なんで、NHK FMらしからぬ感じで言うとね、「おい、しゃぶれ!」みたいな。この感じだったわけです。いままでは。
(渡辺志保)まあ、そうですね。
(宇多丸)それが……。
(高橋芳朗)「すっぴんの君が素敵だよ」。
(宇多丸)「鍵、入れておいて」。
(渡辺志保)そう。だからやっぱり、ドレイクは見る人が見たらすごい甘いマスクなので。
(高橋芳朗)フハハハハッ!
(宇多丸)なんで微妙な言い方するの?(笑)。
(渡辺志保)いやいや、彼をイケメンとするか、しないかは結構……(笑)。
(宇多丸)論争があるわけね。
(高橋芳朗)眉毛がね。
(渡辺志保)そうそう。眉毛がセクシーだったりするので。またそういうところの票もバーッと獲得してポップヒットにつながるっていうのは、やっぱりそれこそいまにつながるような流れですけども。ドレイクはそこでは先駆者であったかなと。
(宇多丸)売れ方もそうだけど、内容もそうだしっていうことですよね。じゃあ、ちゃんと聞きましょうか。
(高橋芳朗)ドレイクで『Best I Ever Had』です。
Drake『Best I Ever Had』
(宇多丸)はい。ドレイクで『Best I Ever Had』。
(渡辺志保)聞いていただきました。ア↑コガレ甘酸っぱチューン。ちなみにドレイクはちゃんと音楽的バックボーンもあって。お母さんはトロント出身で、お父さんはメンフィスの出身。かつ、おじさんがあのラリー・グラハムなんですよね。
(宇多丸)あ、マジで!?
(渡辺志保)なので、彼、CDのクレジットとかを見ると載っているんですけど、本名はグラハムさんなんですね。名字が。なので、そういったところで。
(宇多丸)じゃあ、結構サラブレッドではあるんだ。
(渡辺志保)そうなんです、そうなんです。なるべくしてなったという感じがするし。結構この時代、リル・ウェイン率いるヤング・マネーというレーベルが台頭していったんですけど。リル・ウェインも結構自分と同じ毛色のラッパーを集めるのではなくて、こういうドレイクとか、あとニッキー・ミナージュとかね。自分とは全く逆のタイプのMCをバーッと引き入れてヤング・マネー帝国を作ったという。
(高橋芳朗)そうだね。言われみれば。だってリル・ウェインはニューオリンズでドレイクはカナダで、ニッキー・ミナージュはニューヨークで。バラバラなんだよね。
(宇多丸)ねえ。この番組の最初のあたりの雰囲気を思い出していただくと、やっぱりインターネットなのか知らないけど、ヒップホップというのがもう地域性からも解き放たれて。いろんなものからどんどんと……。
(高橋芳朗)ドラフトでいろんなところから優れたラッパーをピックアップしていくみたいな、そんな感じだよね。
(渡辺志保)クロスオーバー化していくっていう感じがすごくしますね。
(宇多丸)そしてインターネットを通じた様々なものが盛り上がっていくんですね。
(高橋芳朗)そうですね。インターネットのミックステープシーンからもう続々とスターが誕生して。タイラー・ザ・クリエイター。2009年の『Bastard』っていうミックステープが出て。
(宇多丸)2009年になるんだ。
(高橋芳朗)あとウィズ・カリファ。2010年の『Kush and OJ』。エイサップ・ロッキー。2011年の『Live. Love. ASAP』。まあ、ちょっとR&Bですけどフランク・オーシャン。2011年の『Nostalgia, Ultra』。
(宇多丸)フランク・オーシャンは後ほど話しますけど、デカいですね。フランク・オーシャンもね。非常に大きい話です。
(高橋芳朗)で、この頃、疑問だったのがこの人たち、タダでミックステープをバンバン出していて、食っていけるのかな?って。
(宇多丸)本当ですよ。「1000円くれ」とか言いながらね……。
(高橋芳朗)フハハハハッ!
(宇多丸)そういう私のような生活の立て方をしているのか?
(高橋芳朗)で、もちろんお金を得ることも大事なんだけど、この頃のジェネレーションの人たちになると、売れることも大事なんだけど、100%のクリエイティブ・コントロールが自分たちにあることの方が大事だったりね。
(宇多丸)必要以上のお金なんかあってもしょうがないぐらいの感じかな? ひょっとしたらね。
(渡辺志保)かつ、自分たちでプロモーションがネットを媒介にすれば瞬時にできますから。
(宇多丸)要は音源で、著作権料でナントカっていうよりは、ライブとかマーチャンダイズとかトータルで設けられるというか。そういう算段がつくような感じになっているのかな?
(高橋芳朗)だからタイラー・ザ・クリエイター率いるオッド・フューチャーなんかは結構マーチャンダイズとかで。
(渡辺志保)ねえ、当時ね。まあ、いまでも人気ですけどね。うんうん。
(高橋芳朗)その収益で十分にやっていけたんじゃないか。そういう収入があったんじゃないかなと思いますね。
(宇多丸)っていうかいまの音楽家というか、音楽を生業にする人の収入サイクルみたいなのはほぼほぼそういうようなことですよ。やっぱり。音源というよりは……っていうね。
(渡辺志保)まあね。ツアーでグッズを売って……とかね。
(宇多丸)そうそう。という感じだと思うけどね。
(高橋芳朗)あと、さっき言ったウィズ・カリファなんかは1回、ワーナー・ブラザースと契約してシングルを出すんだけど、売れなくてドロップ、落とされちゃうんですよ。その後に、さっき言った『Kush and OJ』っていうミックステープを出して、それで話題になってまたアトランティックと再契約をして、いきなり全米ナンバーワンヒットを出すという。
(宇多丸)はー!
(高橋芳朗)その時になんか、僕はすごいインパクトがあったのが、なんかの音楽誌だかでウィズ・カリファの成り上がりっぷりを「From Zero To Hero」って書いていたんですよ。
(宇多丸)「From Zero To Hero」。
(高橋芳朗)だからインターネットが主戦場になったことによって、誰にでも公平にチャンスが開かれているような印象を受けるようになった。実際はなんか政治が働いているのかもしれないけど、受け取る側としては、もう誰でもスターになれるんじゃないかと。
(宇多丸)でも少なくとも、中身がよくないとそんな成功は絶対にできるわけがないんだから。もちろんそれは実力ですよね。いや、すごいですね。ウィズ・カリファ、そうかそうか。っていうかさ、再成功組が意外とヒップホップ、多くない? 実は。別にこの時代に限らず。まあ、インターネット普及の前だってさ、ウータン・クランのリーダーのRZAだってさ、一度プリンス・ラキームとして苦いデビューを果たしたわけだし。
(高橋芳朗)GZAもそうですね。
(宇多丸)50セントだってそうだしさ。
(高橋芳朗)DMXも。
(宇多丸)そうそう。だから割と……。
(渡辺志保)ねえ。だからそういうチャンスをいくらでも掴み取れる状況に持っていきやすいと言うと、あれですけどね。
(宇多丸)再チャンス組に優しいヒップホップということもあるかもしれない。まあ、かっこよければいいんだってことだからね。
(高橋芳朗)あと、ミックステープから出てきたのだとエイサップ・ロッキーですね。ニューヨーク、ハーレムの人なんだけど、南部ラップのマナー……スクリューとかをね、バンバンに取り入れて。
(宇多丸)サウスって先ほどから出ているけど、要はニューヨークという非常に都会的な洗練された、アーバンの感じからいきなり南部のドロッと、陽気な連中がチキチキしたあれで。
(渡辺志保)チキチキしたあれで方言丸出しで。
(宇多丸)もしくはコデインかなんか飲んでね……。
(高橋芳朗)フハハハハッ!
(渡辺志保)わかんないけどね(笑)。
(宇多丸)そういう感じなのを、ニューヨーク流に昇華したというか。
(渡辺志保)で、結構私が衝撃的だったのは、これまでニューヨークのラッパーがニューヨーク以外のエリアのサウンドを真似るってタブーっていうか……。
(宇多丸)まあ、あえて言えばジェイ・Zが上手くそのへんのをやっていたぐらいで。
(渡辺志保)そうそう。ジェイ・Zぐらいだったら選べる立場にいるけど、若い子がサウスのネタをニューヨークまで引っ張ってきて。それでブレイクするっていうのはすごく当時、衝撃的でしたね。いまはすごく普通ですけどね。
(高橋芳朗)たしかになー。
(宇多丸)だからここで、歴史が……でもやっぱり同時に、ニューヨークのラッパーがやるとこんなにかっこいいものになるのかっていう気もちょっとしましたけどね。じゃあ、エイサップ・ロッキー。これはブレイク作なのかな?
(渡辺志保)じゃあ、聞いてください。エイサップ・ロッキーで『Peso』。
A$AP Rocky『Peso』
(宇多丸)はい。エイサップ・ロッキー『Peso』。2011年の曲です。渡辺志保さん、『Peso』。これは何のことを歌っているんですか?
(渡辺志保)そうですね。『Peso』も金の単位が「ペソ」でして……。
(宇多丸)アハハハハッ! また金か!
(渡辺志保)結局カネ。でも、エイサップ・ロッキーはここの冒頭でもかかってまして、クリーンバージョンなんで「ん?」ってなっていましたけど、「俺はプリティー・マザーファッカーだ」っていう風に言っているんですよ。結構これ、カニエが打ち立てたものでもあるんですけど、あんまり男の人のラッパーが自分のことを「プリティー」とか、あと彼は『Pretty Flacko』っていう曲もあるんですけど。「Flack」ってスペイン語で「痩せた男」っていう意味なんですよ。なので「俺はイケてる痩せた男だぜ」とか、そういう言ったら女々しい感じで自分のことを表しているんですね。
(宇多丸)うんうん。
(渡辺志保)で、さっきも繰り返したように、ヒップホップって本当にガチムチ一派というか、そういうのが正義とされていたんですけども、だんだんドレイクが出てきて、エイサップ・ロッキーが出てきて。もうダボダボの服とかも誰も着なくなっちゃって。タイトな服で、リック・オウエンスとかね、結構ハイブランドの服も着るという。だんだん、この頃からまたより一段とトランスフォーム化が進んでいった印象がすごくありますね。
(高橋芳朗)エイサップ・ロッキーなんて普通に『GQ』とかでね、取り上げられるぐらいおしゃれだからね。
#Asaprocky #ASAP #gq #gqmag pic.twitter.com/U0cxNnm14p
— Coco Honey Dip (@_ddoublee) 2016年2月17日
(渡辺志保)そうなんですよ。で、彼女も超一流のモデルちゃんだったりもするので。
(宇多丸)だからイケてる像の改革もありましたね。
(高橋芳朗)うんうん。
(宇多丸)なので、みんなが思っている「ヒップホップってこういうのがかっこいいと思っているんでしょ?」っていう像もすでにとっくに変化しているということですよね。はい。エイサップ・ロッキー『Peso』をお聞きいただきました。さあ、どんどん行きましょう。
(高橋芳朗)これで無料のミックステープとかストリーミングとかで活動するアーティストが当たり前になってきたんですけど、完全にそれで商品として自分の作品を出さないでやりぬく人がいよいよ出てくるんです。
(宇多丸)一度も売らない?
(高橋芳朗)はい。それが2013年。さっきのエイサップ・ロッキー『Peso』は2011年なんですが、2013年に『Acid Rap』でブレイクしたチャンス・ザ・ラッパー。
(宇多丸)チャンス・ザ・ラッパー。ねえ。
(高橋芳朗)シカゴのラッパーになりますね。
(宇多丸)すごいですね。
(高橋芳朗)本当にいま言った通り、無料ダウンロードとかストリーミング配信だけで自分の作品をリリースし続けて。
(宇多丸)だから本当にさ、昔の定義で言ったら、「それってアマチュアじゃないの?」みたいなさ。
(高橋芳朗)うんうん。たしかにね。
(宇多丸)みたいなことになっちゃんだけど……。
(DJ YANATAKE)でも、2017年中頃の記録ですけど、いちばん稼いだラッパーランキングみたいなのの3位とか4位とかに入っているぐらい。それはアップルとの独占契約の契約金とか、どっかの企業のCMの契約金とかが莫大なぐらい、人気者になっていて。
(宇多丸)だからやっぱり、音源1枚売ってナンボとか、そういうことではなく。
(DJ YANATAKE)もうバズッて人気が出さえすれば、もう企業が寄ってくるみたいな。
(宇多丸)なるほど。すごい新しい感じの成功のモデルというか。
(渡辺志保)チャンス・ザ・ラッパーは結構チャリティー活動とかにも熱心で。地元の学校に寄付したりとか、そういったこともしていますし。新しいタイプのロールモデルという感じがすごいしますよね。
(高橋芳朗)で、いよいよ、彼はグラミー賞の規程を変えちゃったんですよね。
(渡辺志保)そうそう。去年ね。
(宇多丸)グラミーは、これまでの規程は?
(高橋芳朗)いままではアメリカにおいて一般的な流通形態で商業的にリリースされたもの。だから、お金を取るもの。有料で売り出されて購入できる作品じゃないと……。
(宇多丸)まあ、ある意味当然だけどね。
(高橋芳朗)そうじゃないと評価の対象にならなかったんですよ。でもチャンス・ザ・ラッパーはビルボード誌とかに広告を打って、「なんとか俺もノミネート対象にしてくれよ!」って。
(宇多丸)「これは有料だ!」と。「ある意味!」っていう。
(高橋芳朗)フフフ(笑)。
(宇多丸)っていうか、要は音楽の流通の仕方なんて、ある意味時代によって変わるわけじゃない。音源を買って……っていうのが音楽の歴史全体から見たらものすごく特殊な時代かもしれないし。だから当然、見直したりするのはアリだと思いますけどね。ということで、グラミーで最優秀新人賞を受賞してしまった。
(高橋芳朗)そうですね。ストリーム時代のヒーローって言っていいと思いますけどね。
(宇多丸)ちなみにさ、チャンスくんっていくつなの?
(渡辺志保)まだ25才以下ですね。
(宇多丸)おおー、なるほど。さすが新世代でございます。
(高橋芳朗)お父さんがオバマの上院議員時代の代理人だったんだよね。
(渡辺志保)そうそう。シカゴでね。
(宇多丸)ぬーなー! 24才で、ねえ。……1000円くれないかな?
(高橋・渡辺)フハハハハッ!
(高橋芳朗)いや、くれると思いますよ(笑)。
(宇多丸)合間合間でこれが入ってきますけども。だいぶ疲れてきた証拠でございます。
(高橋芳朗)時代的には飛ぶんですけど、一昨年リリースされたチャンス・ザ・ラッパーの『Coloring Book』というアルバムから1曲、紹介したいと思います。チャンス・ザ・ラッパー『No Problem ft. 2 Chainz & Lil Wayne』。
Chance The Rapper『No Problem ft. 2 Chainz & Lil Wayne』
(宇多丸)チャンス・ザ・ラッパー。上がりますね。やっぱり。
(高橋芳朗)チャンス・ザ・ラッパー『No Problem ft. 2 Chainz & Lil Wayne』。2016年の作品でした。
(DJ YANATAKE)これ、もう1年以上クラブでかかり続けていて。かかったらみんなもう大合唱。いまだにね。
(渡辺志保)爆発してますね。
(高橋芳朗)なんか楽しいもんね!
(渡辺志保)楽しい。ハッピー。
(宇多丸)あのさ、ノリやすいよ。上がりますよ。カップリフティングですよ。はい。チャンス・ザ・ラッパー。名前がすごいね。チャンス・ザ・ラッパーって……。なんちゅう名前なんだよ!(笑)。
(高橋芳朗)アハハハハッ!
(宇多丸)いいですよね。で、どんどんどんどんと、かっこいいのロールモデルというかあり方がどんどん変わってきているという。これ、もういまもさ、別にヒップホップ、ラップに限らず、意識の変化というか。ちょっと前だったらなんとなく、なあなあでなってきたことがもう無しよっていう。まあ、ワインスタインショックとかもそうだけど。
(高橋芳朗)うんうん。
(宇多丸)どんどんどんどん変わってきている。それがヒップホップが反映しているというか。
(高橋芳朗)そうですね。まあ、ヒップホップの価値観とかルールがすっごい変わったなって思う象徴的な出来事が、LGBTを容認するような機運がグンと高まって。
(宇多丸)これは本当に、全く褒められたもんじゃない話……さっきから言っているようにヒップホップ、ザ・マッチョ。ザ・マチズモ文化ですよ。だからこそ、女性蔑視的なリリックとかも、もうある種必要悪として。
(渡辺志保)まあまあ、容認されてきたというか。
(宇多丸)そして、ホモフォビア。「ホモみたいな……」って言ったり。これはひとつのポーズというかスタイルとして。っていうか、そうじゃないと、こっちがいじめられちゃうみたいな。まあ、誰とは言いませんが日本のラッパーと僕はよく、それですっごいケンカになっていたので。「そういうことをアメリカのラッパーとかが言うから」って……「そんなこと、言うものじゃないよ! まともな常識人が言ったらバカだと思われるよ?」って言ったら、そういうのでケンカになったりしていたんですけども。そういう人は、さあこの時代の変化にどう感じるのか!?
(一同)アハハハハッ!
(渡辺志保)まあ、そうですね。聞いてみたいところですね。
(宇多丸)要は、LGBTを容認するというか、そういうことをちゃんと意識高く歌うアーティストが増えてきたということで。
(高橋芳朗)そうですね。やっぱり2012年にオバマ大統領がアメリカの大統領としてはじめて、同性婚への支持を表明したことを受けて、オッド・フューチャーに所属しているR&Bシンガーのフランク・オーシャンがカミングアウトしたんですよね。で、これをビヨンセとかジェイ・Zとか、あとはヒップホップ外ですけどもレディ・ガガとかも一気に支持をして。それでヒップホップの世界でも、LGBTを認めていこうじゃないかというのが一気に高まったという。
(渡辺志保)まあ、それが普通になっていった感じですよね。
(高橋芳朗)そうですね。でも、カニエ・ウェストみたいな、セレブ界隈で活動をしていたりとか、あとはエイサップ・ロッキーみたいなファッション業界に食い込んでいる人からすれば、ホモフォビアとかもう言ってられないんだよね。
(宇多丸)周りはね、特にファッション業界なんか。
(高橋芳朗)うんうん。
(宇多丸)で、それを象徴するようなアーティスト、楽曲、作品が。
(高橋芳朗)では、聞いてみましょう。
(宇多丸)これはグラミーでも?
(高橋芳朗)賞を受賞していますね。ワシントン州シアトルから出てきた……。
(宇多丸)やっぱり土地がもう全然ね。まずもう、すごい。「シアトルか!」っていう。
(高橋芳朗)はい。白人ヒップホップデュオ、マックルモア&ライアン・ルイスで『Same Love』です。
MACKLEMORE & RYAN LEWIS『SAME LOVE feat. MARY LAMBERT』
(宇多丸)はい。マックルモア&ライアン・ルイスで『Same Love』を聞いていただいております。
(高橋芳朗)グラミー賞でパフォーマンスした時はマドンナが出てきて『Open Your Heart』を歌ってね。
(渡辺志保)そうですね。あと、クイーン・ラティファもこの時に出てきて。
(高橋芳朗)感動的でしたけども。ちょっと、どんなことを歌っているのか、ほんの一部分ですけども、言いますね。「もし俺がゲイだったら、ヒップホップに嫌われていただろう。YouTubeのコメント欄には毎日のように『なんだよ、ゲイみてえだな』なんて書き込まれる。ヒップホップは抑圧から生まれた文化なはずなのに、俺たちは同性愛者を受け入れようとしない。みんなは相手を罵倒する時、『ホモ野郎』なんて言うけど、ヒップホップの世界ではそんな最低な言葉を使っても誰も気に留めやしない」。これはかなりやっぱり勇気のいるリリックだと思います。
(宇多丸)まさに僕がさっき言った、いままでのヒップホップの体質みたいなのを結構真正面から批判して。しかもそれがきっちり評価される時代になったということだと思いますけども。
(高橋芳朗)で、LGBTみたいな話でいうと、たとえばオッド・フューチャーはフランク・オーシャンもそうだけど、シド。
(渡辺志保)ああ、シド・ザ・キッド。
(高橋芳朗)シンガーですけども、彼女もレズビアンだったり。あと、最近タイラーもなんか15才の時に男の子に恋をしていたって告白していたり。
(渡辺志保)新しいアルバム『Flower Boy』の中でそういうリリックがあったりとか。
(高橋芳朗)すごい多様性のあるクルーだなって感じなんだけど。
(宇多丸)本当だね。
(渡辺志保)あと、裏でかかっているヤング・M.A.。彼女もね、ニューヨーク出身の女性ラッパーですけど。彼女は体は女。だけども、中身は男性の心を持ったっていう、そういうラッパーですね。
(宇多丸)ああ、なるほど。
(渡辺志保)でも、そういうアーティストたちが普通に活動するようなシーンですし。チャンス・ザ・ラッパーもお兄さんが同性愛者だということをカミングアウトしていたり。
(宇多丸)それはそうなんですよ。だからね、非常に健全な形になったのと同時に、長年ヒップホップシーンを見てきた者としてはもうね、アメリカの……だから音源とかアーティストの作品の変化もさることながら、やっぱりここまでちゃんと進化したか!っていう。そこは結構根深くて、あまりにも根深くて、難しいのかな?って思っていたら……いやいや、もう全然。大したもんですね。
(渡辺志保)そうですね。受容をしながら進化、変化していくっていうのはすごいヒップホップの強いところかなっていう風に思いますね。
(宇多丸)素晴らしいことだと思います。だからそれこそ『ムーンライト』のあの感じなんかもそういう時代の変化みたいなものを反映しての作品だっていう感じがしましたね。さあ、そして?
(高橋芳朗)社会情勢を反映しているという意味では、2014年の夏にミズーリ州ファーガソンの事件(白人警官が丸腰の黒人少年を射殺した事件9を発端に……まあ、ずっとあったことではあるんですけども。
(宇多丸)そうですよね。それこそね、ちょっと触れる時間がなかったけど、92年にはLA暴動があって。あれはロドニー・キング殴打事件。まさにそういうブルータル・ポリスというか。そういう問題があったわけだから。
(高橋芳朗)ポリス・ハラスメントという、白人警官による無抵抗の黒人の殺害事件みたいなのが多発して。そういう中で、新しい公民権運動などとも言われた差別撤廃の「Black Lives Matter(黒人の命だって大切だ)」っていうムーブメントが全米各地で勃発して。まあ、こうした動きを後押しするメッセージソングがバンバンに出るようになると。
(渡辺志保)はい。
(宇多丸)ひさぶさにね、要するにヒップホップが割と政治的なというか、意識が高いといいますか、コンシャスな感じのことって、結構パブリック・エネミーの時代以降、ずっと廃れていたというか。割とワルでひどいことを歌うっていう感じが流行っていたんだけど、また再びコンシャスなラップの時代になってきたという。
(高橋芳朗)その時のデモのシュプレヒコールで使われたのがケンドリック・ラマー。コンプトンから出てきたケンドリック・ラマーの『Alright』という曲だったんですよ。
Chants of @kendricklamar's "Alright" echoes down 7th street downtown. #JusticeOrElse pic.twitter.com/f1R62P0bIi
— The Hilltop (@TheHilltopHU) 2015年10月10日
(宇多丸)これがすごい。コンプトンから出てきたケンドリック・ラマー。もう、すごいですね。まさにギャングスタ・ラップのN.W.A.の出身地。もう「意識高いとか知ったことか!」っていうようなグループから来た……N.W.A.の『ストレイト・アウタ・コンプトン』で描かれるN.W.A.像は微妙に現在のポリス・ハラスメントの時代にちょっと……コンシャスなグループにちょっとだけズラして描かれている。味付けされているというあたりもね、面白かったですよね。
(高橋芳朗)でも、コンプトンのイメージを上手く使いましたよね。アルバムも『Good Kid, M.A.A.D City(イカれた街から出てきた優等生)』って。
(渡辺志保)ケンドリック・ラマーのアルバムタイトルがその『Good Kid, M.A.A.D City』ということで。
(宇多丸)そして、その『Alright』が入っているのが『To Pimp A Butterfly』という、これはもうとてつもない……。
(高橋芳朗)破格の傑作でしたね。
(渡辺志保)ねえ。それこそロバート・グラスパーとかサンダーキャットとか、そういうジャズシーンも。サウンド的にもすごくクロスオーバーしていますし。作り込み方が半端ないという。
(宇多丸)テーマがね。内省的というか、自分の中で突き詰めて。最後にそれがガッと昇華する感とか、公正が見事で。
(渡辺志保)本当に一人芝居を聞いているような感じだったりもするので。
(高橋芳朗)うんうん。
(宇多丸)あと2パックとの仮想共演とか。
(渡辺志保)いちばん最後にね。
(宇多丸)そういうこと、やるかね?っていうことまでやっていて、面白いですよね。
(DJ YANATAKE)あと、これはあれですね。日本でも配信、ダウンロード販売では日本でも1位になったんで。
(渡辺志保)それだけ多くの方に聞かれたと。
(宇多丸)このケンドリック・ラマーのアルバムは、日本人にも聞きやすい。音楽的にも聞きやすいところがあるというか。豊かなアルバムなので。
(高橋芳朗)なんか黒人音楽史を俯瞰するような感じもありましたね。
(渡辺志保)ファンクの要素であったり、ジャズとかね。
(宇多丸)じゃあ、聞きますか。
(高橋芳朗)ケンドリック・ラマーの傑作『To Pimp A Butterfly』から『Alright』です。
Kendrick Lamar『Alright』
(宇多丸)はい。ケンドリック・ラマー『Alright』を聞いていただきました。これ、サビではね、「we gon’ be alright」って。明るい感じのことを言ってるようなサビだけど、バースで言っていることは全然大丈夫じゃねえよ!っていう。
(高橋芳朗)うんうん
(渡辺志保)そうなんですよね。だからもう、「警察たちは俺らが道でのたれ死ぬのを見たいんだろ?(Nigga, and we hate po-po Wanna kill us dead in the street fo sho’)」っていう、そういうことを言っていたりとか。あと、サビの部分も「gon’ be」は「going to be」で未来のことを表しますから。
(宇多丸)「いつかきっと大丈夫になる」っていう。
(渡辺志保)そうそう。だから「いまは大丈夫じゃない」っていうことをケンドリックは歌っているんですよね。
Kendrick?Lamar ? Alright @kendricklamar https://t.co/DTqUlpzytg
— みやーんZZ (@miyearnzz) 2018年2月10日
ケンドリック・ラマー『Alright』歌詞
(宇多丸)だから実はすごく重層的というか。すごく複雑だし。アルバム全体なんかさらにそうだけど、本当にめちゃくちゃ知的なと言うか。そういう作品ですよね。ぜひぜひ、そうね。最近の作品とかであんまり慣れていない、ヒップホップをこれから聞こうっていう人とかは『To Pimp A Butterfly』とか。
(高橋芳朗)おすすめですね。
(渡辺志保)あと本当にに初っ端に(『HUMBLE.』を)流していただいてましたけどもね。彼の最新アルバム『DAMN.』なんかもすごくいいので。もともとケンドリックは2パックにすごく影響を受けたということで。で、その2パックはシェイクスピアにすごく大きな影響を受けたりもしていますから。いろいろとね、重ねて聞くと面白い発見があるかなと思います。
(宇多丸)はい。
(高橋芳朗)これ、ファレル・ウィリアムスがプロデュースなんですよね。
(宇多丸)ああ、これファレルですか? まいったな、ファレルはいいんだよ。ファレルはいつもいいんですよ。
(渡辺志保)『Super Thug』を流していたのが遠い昔のようですね(笑)。
(高橋芳朗)アハハハハッ!
(宇多丸)そう。だからね、映画『ドリーム(Hidden Figures)』。あれの音楽もファレルで。そうですよ。『Super Thug』のプロデューサーでもあるファレル。こんな意識高い系アーティストになるか!っていうね。
(高橋芳朗)テディ・ライリーの弟子がね。
(渡辺志保)あれはね、舞台も自分の故郷であるバージニア州でしたからね。
(宇多丸)素晴らしい映画でございます。さあ、そんな話をしている場合じゃないですよ。どんどん、大急ぎで。
(高橋芳朗)2000年代初頭から、さっきも話しましたアトランタ・ヒップホップシーンのキーワードになっていました。T.I.の『Trap Muzik』というアルバムがありましたけども、トラップ。これが一大トレンドに。
(宇多丸)はい。いまはもうトラップがね。さあ、トラップとはなんぞや?
(渡辺志保)猫も杓子もトラップですけども。さっきもちょっと言いましたが、ドラッグディーラーがドラッグディールすることを「トラップ」って言うんですよね。なんで、「トラップ」とか「トラッパー」っていうと、その職業・生業を表すことなんですよね。そういう、日頃お薬を売りさばいたりしているような人たちがラップをする。もしくは、そういった情景をラップする音楽のことを「トラップミュージック」という。まあ、そういうひとつの概念みたいなものがあって。かつ、トラップミュージックの特徴的なところは「チキチキチキチキ……」っていう、その高速ハイハット。高音のドラムの鳴り、パーカッションに響きであるとか、あとはすごく深いベースラインがあるとか。そういったところがサウンドの特徴的な面です。
(高橋芳朗)うんうん。
(渡辺志保)そういうのが複合的に合わさってトラップというのがね、トレンドに。
(宇多丸)いま一大トレンドということで。ちょっとどういうのかはね、聞いてもらった方が早いです。聞いてもらいましょう。
(渡辺志保)じゃあ、トラップといえば2016年・2017年にかけて大ヒットして。もう去年はこれをクラブに行って聞かない日はなかったと言ってもいいぐらいなんですけども。アトランタ出身のトリオ、ミーゴス。
(宇多丸)グループも久しぶりの感じじゃない?
(渡辺志保)そうかもしれないですね。そのミーゴスに、これもまたいま新しいラップの潮流を作り出しているリル・ウージー・ヴァートという若いラッパーがいるんですけど。ミーゴスとそのリル・ウージー・ヴァートが放った特大シングル『Bad and Boujee』を聞いてください。
Migos『Bad and Boujee ft Lil Uzi Vert』
(宇多丸)はい。ミーゴス。
(高橋芳朗)『Bad and Boujee ft Lil Uzi Vert』。2016年。
(宇多丸)もうメインでラップしている人の後ろではしゃいでいる人の方が目立つみたいな。フフフ(笑)。
(渡辺志保)アハハハハッ! 「よいしょ!」って。
(宇多丸)「よいしょ!」「よっ!」って。
(渡辺志保)「もう一丁!」って。
(宇多丸)合いの手が決め手。合いの手が注目されるという。
(渡辺志保)そうそう。合いの手ラップなんで。いいんですよ、それで。
(宇多丸)盛り上がりやすいですよね。
(高橋芳朗)で、このトラップ時代の最重要アーティストというか、トラップの音楽像を決定づけた人といえるのが、フューチャーですかね。
(渡辺志保)おおっ、素晴らしい! フューチャー!
(高橋芳朗)ダンジョンファミリーの人なんですよね?
(渡辺志保)そうなんです。ダンジョンファミリーにリコ・ウェイドっていう人がいるんですけど、その従兄弟なんですよね。だから結構、2000年代初期ぐらいから他のアトランタのラッパーのソングライティングに携わっていたりもしていて。なんで、歌心がすごくあるんですよ。
(宇多丸)ふんふん。じゃあ、フューチャー。曲を聞いてみましょうか。
(高橋芳朗)行ってみましょう。フューチャーで『Mask Off』です。
Future『Mask Off』
(宇多丸)はい。フューチャー、2017年の曲で『Mask Off』を聞いていただいております。さあ、ということでついにアメリカパート、ラストです!
(高橋芳朗)トラップの流行でさ、「マンブルラップ(Mumble Rap)」っていうさ、モゴモゴモゴモゴする……。
(宇多丸)「マンブル」ってなに?
(渡辺志保)モゴモゴしゃべるっていう。
(宇多丸)モゴモゴ喋る。
(高橋芳朗)ベテランの人たちが「モゴモゴしてやがる。はっきりラップせんかい!」みたいな。
(宇多丸)アハハハハッ!
(渡辺志保)そうそう。それがいま、プチ論争を呼んでまして。それこそ、エミネムと一緒にフリースタイルバトルなんかで台頭したジョー・バドゥンっていう切れ者ラッパーがいますけども。彼らがこういうミーゴスとか新世代のラッパーに対して、「お前ら、もっと内容のあることをラップせなアカンぞ!」とか「お前ら、モゴモゴしすぎだ!」みたいなことを……。
(宇多丸)これ、でもね、たとえば昔もEPMDっていうね、ラップグループがいまして。本当に、もう少しで寝るのかな?っていうぐらいの感じのテンションで。
(一同)アハハハハッ!
(宇多丸)で、それをパロッた曲が出たぐらいで。そん時もやっぱりね、「寝てるような声でやってんじゃねえよ!」とか。まあラキムも落ち着いた声でラップしたら、周りから「もっとはっきり言え」って言われたり。なんかね、そういうのは前からあるんですよ。別にそんなのは。
(高橋芳朗)インターネットでやりましたよね? ヤング・サグっていうラッパーが何を言っているのかを当てる、みたいなね。
(渡辺志保)あ、そうそう。解説動画みたいなのがありましたし。
Rich?Gang ? Lifestyle https://t.co/AVQ0lqGzOh
— みやーんZZ (@miyearnzz) 2018年2月10日
ヤング・サグのリリック、正解はこちら!
(宇多丸)フフフ(笑)。
(渡辺志保)で、最近はよろしくないことですが、そういう若手ラッパーがそういうジョー・バドゥンに中指を突き立てるようなメッセージが描かれたお洋服をお召しになるようなこともあって。ちょっとね、ザワザワッとしているような状態でございますが。
(宇多丸)まあでもその旧世代との対決みたいなところも、これはどっちも面白いっていうか。どっちも……ヒップホップっていうのはスタイルウォーズだからね。旧世代は旧世代で、うるさ型はうるさ型でその調子でやってくださいよと。
(高橋芳朗)たしかにね。
(宇多丸)まあまあ、いいんじゃないでしょうか。元気でよろしい!
(高橋芳朗)あと、結構「エモラップ」と言われるようなものも。
(渡辺志保)そうですね。ちょっとグランジっぽいものだったり。
(高橋芳朗)もうカート・コバーンとかを崇拝しているラッパーとか。
(宇多丸)これはすごいですね。ヒップホップ、ラップっていうのはそういう自己破滅型みたいなのとはちょっと違う感じがありましたけども。やっぱり白人キッズとかに感覚が近づいてきたっていうことなのかしら?
(渡辺志保)うん。なんで本当、何十年か前にビースティ・ボーイズがやったようなことを、もしかしたらいまのそういう若い子たちはやっているのかもしれないですしね。
(宇多丸)まあでも、なにがかっこいいかの基準なんて当然、時代によって変わりますし。特にここんところは急激に変わっているんで。っていうか今日ね、10時間ずっと聞いてくれた方はわかると思いますけど。その、「また変わるの!?」とか。「またガラッと変わるの?」って。これがやっぱり楽しいわけですから。
(高橋芳朗)うんうん。
(渡辺志保)たしかにね。
(宇多丸)だから逆に言えばマンブルだって、「てめえ、なにモゴモゴ言ってるんだよ!」っていう若い世代が出てくるかもしれませんし。
(渡辺志保)もしかしたら2、3年後はもうめちゃめちゃハキハキしゃべるみたいな。
(宇多丸)メリー・メルみたいなラップが流行るかもしれないの?(笑)。
(高橋芳朗)「キビキビしてんなー!」っていう(笑)。
(宇多丸)「滑舌、いいぞ!」って(笑)。わからないから。こんなのは。
(高橋芳朗)でも、そんな中でも2017年はアメリカの音楽売上のシェアでヒップホップ・R&Bがついにロックを上回ったんですよ。
(渡辺志保)よいしょー!
(宇多丸)よいしょー!
(高橋芳朗)おめでとう!(拍手)。
(宇多丸)ほーら! 言わんこっちゃない! いとうせいこうさんが86年の時点で「これからは絶対に文化全体がヒップホップ中心になっていくんだ」って予言されていましたけど。いとうさん、当たってました! 世界的に当たっていました。よかったですね。僕に恨まれなくて。
(高橋芳朗)まさにね、昨日フォーブスの記事で上がっていたんですけども。見出しが「アメリカ音楽業界はヒップホップが一人勝ち。ロックは衰退傾向」という。
(宇多丸)うんうん。
(高橋芳朗)2017年にアメリカの音楽消費に占めるヒップホップの割合は24.5%と過去最高を記録。ヒップホップはストリーミングの利用率が高く、好きなアーティストの楽曲をノンストップで楽しんでいるという。で、ロックは20.7%で2位になったそうです。
(宇多丸)ねえ。日本もこれに追いつく日が来るのかどうか?
(渡辺志保)楽しみでございます。
(宇多丸)さあ、じゃあアメリカ。ついに最後に来てしまいました。さっきのは昨日の記事ですからね。1973年8月11日から始まって、昨日の記事まで来ましたから!
(高橋芳朗)で、このアメリカの歴史を追っていくの、最初はみなさん、覚えてますでしょうか? ブロンクスで始まりましたよね?
(宇多丸)はい。サウス・ブロンクスが中心地って言われていましたけど、住所はなんだっけ? ウエスト・ブロンクス。住所、もう1回言おうか? フハハハハッ!
(高橋芳朗)こっちは特定しているんだ!(笑)。
(宇多丸)ヒップホップが生まれた住所、もう1回言いますよ。メモってください。1973年8月11日。ニューヨーク、ウエスト・ブロンクス。モーリスハイツ地区セジウィック通り1520番地に位置するプロジェクト(公営住宅)の娯楽室ということで。
(DJ YANATAKE)僕、ヒップホップと同い年だ(笑)。
(高橋芳朗)すげーな!
(宇多丸)から、再びブロンクスに戻ってきて。
(高橋芳朗)じゃあ、最後はブロンクス出身のラッパーで。これは志保ちゃんに紹介してほしいなと。どんなラッパーかも含めて。
(渡辺志保)いまから集会するのは、みなさんもしかしたら聞いたことがないかもしれないですけど、カーディ・Bという名前の非常におちゃめな女の子なんです。彼女はブロンクス出身。そして若い頃からストリップバーで働いていた。そういうヤンチャな過去もあるんですけども。彼女がブレイクした理由というのがひとつ、Instagram。SNSですね。そこで(ストリップバーの)嫌な男性客の愚痴なんかを、嫌な客あるあるみたいなのをひたすら動画配信していたんですよ。
(宇多丸)それはラップで?
(渡辺志保)それは普通の愚痴。で、それがだんだんバイラルヒット。口コミで、「この女の子、おもろいよ」みたいな感じになって。その後にリアリティーショー。日本にもいくつかありますけど、役者さんとかは立てず、本当に一般市民のおもろいお姉ちゃんを集めてその生活をドキュメンタリーチックに面白おかしく撮るみたいな。
(宇多丸)アメリカは人気ですからね。
(渡辺志保)それで頭角を現してからのラップデビューをしたと。
(宇多丸)ああ、そういうことなんだ。じゃあ、割と最初からネットからのテレビ有名人みたいなのからの、あれなんだ。はー!
(渡辺志保)そうなんです。なので、日本でもたとえばバラエティー番組で面白いことを言っているお姉ちゃんがラップをしてみたらすっごい当たっちゃったみたいな感じで。
(宇多丸)藤田ニコルさんがめっちゃラップ上手いみたいな?
(渡辺志保)とかね、そういう感じの(笑)。で、かつ、それもラップが当たり。先ほどもかけましたミーゴスというラップグループがいますけど、いま彼らがアメリカでいちばん売れているラップグループで。その中の花形メンバー、オフセットが婚約者なんですね。去年、大きいアリーナのライブの途中に、いきなりオフセットがひざまずいて、「Will You Marry Me?(結婚してくれますか?)」とでっかいダイヤの指輪を、何万人が見ている中で贈ったという。
(宇多丸)アハハハハッ! なるほど。
(渡辺志保)なので去年、2017年にカーディ・Bは1年のうちにビルボードのNo.1ヒットも獲得する。メジャーのレコード会社の契約も獲得する。イケてる男から婚約指輪をもらうと、もう全てが揃った超爆裂シンデレラガールみたいな。
(宇多丸)なるほど。超爆裂シンデレラガール。いいですねー。
(高橋芳朗)で、いまブルーノ・マーズとコラボしちゃってますからね。
(渡辺志保)そう。新年早々にブルーノ・マーズの『Finesse』という曲のリミックスにカーディが参加して。で、またカーディ・Bってそれこそマンブルラップに近いような、あんまりそんなスキルフルなラップじゃないんですよ。本当にラップが上手い人からしたら、「なんでこんなのが売れてるんだろう?」みたいなラップなんですけど。でも、そのブルーノ・マーズに参加している曲なんかはしっかりブルーノの世界観に合わせたラップを披露していて。彼女の開けられてなかった引き出しをまたここでバーッと開けることにもなりまして。2018年は絶対にこれ以上に日本でもブレイクするんじゃないかなと。
(宇多丸)じゃあ、これから日本でも名前を知られてくるかもしれない。カーディ・B。
(渡辺志保)と、思います。で、かつさっきもおっしゃっていたけども、ブロンクス出身で。結構いま、ニューヨーク出身のラッパーというのがまた戻ってきたという感じがしていまして。昨年、亡くなってしまいましたが、リル・ピープであるとか。
(渡辺志保)あとは、彼もすごいヤンチャなんですけど、テカシ・69っていうラッパーがいるんですけど。
(高橋芳朗)彼はすごいね。
(渡辺志保)ねえ(笑)。結構ニューヨークの若手がいま、去年ぐらいから結構ザワザワッとしていますけども。またヒップホップの遷都じゃないですけども(笑)。
(高橋芳朗)遷都(笑)、
(渡辺志保)幾度かの遷都を繰り返して、またニューヨークが面白くなっていくんじゃないかなと思っていますね。
(宇多丸)いいですね。じゃあ、そのカーディ・Bさんを聞いてみましょうか。
(渡辺志保)では、カーディ・Bのナンバーワンヒットシングルです。『Bodak Yellow』。
Cardi B – Bodak Yellow
(宇多丸)はい。カーディ・Bさん。『Bodak Yellow』。
(渡辺志保)聞いていただいております。
(高橋芳朗)そういえばカーディ・B、オフセットの誕生日にでっかいロールスロイスをあげていたよね?
(渡辺志保)そうそう。そうなんですよ。で、それもちゃんとリリックで言っているんですよね。ロールスロイスのレイスっていう最高級のがあるんですけど。それがラップのリリックに出てきていて。それをちゃんと彼氏にプレゼントするという。
(高橋芳朗)甘酸っぱいですねー(笑)。
(渡辺志保)甘酸っぱい! 私も旦那にロールスロイスをプレゼントする日がくればいいんですけどね(笑)。
(宇多丸)そっち?(笑)。
(高橋芳朗)フハハハハッ!
(宇多丸)ということで、みなさん、アメリカのヒップホップの歴史。1973年からずっとたどってきましたが、ついに! 一応現在にやってきて終わりでございます。いやー、こんな時が来るんですね! さっきまでスプーニー・Gとか聞いていたのに、カーディ・Bまで来ちゃったから!
(高橋芳朗)アハハハハッ!
(宇多丸)ありがとうございます。
<書き起こしおわり>